2010年5月12日水曜日

テレビで国際教養を身につけよう

毎週月曜日に日経には、「教育」ページがある。5月10日には、中嶋嶺雄国際教養大学学長が、「4校連携 真の国際人養う」というメインタイトルで寄稿している。
国際教養大学といっても、まだ馴染みのない人が多いでしょう。そこで、google で調べました。詳しくは、下記サイトか
http://ja.wikipedia.org/wiki/国際教養大学
または、大学のサイトを参照してください。http://www.aiu.ac.jp/japanese/university/index.html
日本で初の地方独立行政法人の運営による大学で、2004(H16)年4月の創立です。秋田県が設立に関わったけれど、県立大学とはせず、上記法人の運営になっています。因みに秋田県には、1999年創立の秋田県立大学もあります。こちらはシステム科学技術部と生物資源科学部をもつ理系の大学です。

中嶋嶺雄氏は、元東京外国語大学長で、国際教養大学の準備大学から、この大学の創設にかかわり、初代学長に就任しました。

タイトルに「4校」とあるのは、国際教養大学に加え、東京の国際基督教大学、大分の立命館アジア太平洋大学、早稲田大学の国際教養学部のことです。

この寄稿の冒頭は、「英語力が不十分」という見出しで、次のように始まっています。

国境を越えて進みつつある「知」の流動化と再編成の大競争時代に当面している今日、果たして日本の大学は国際的通用性を持ち得ているだろうか。国際教養にとってもっとも重要な学士過程教育、その中でも特に重視すべき教養教育は、国際水準を凌駕する中身と質保証のシステムを有しているだろうか。グローバル化の時代に対応すべき国際語としての英語の教育は、国際

社会で受発信するに足るコミュニケーション能力をつけるにまでにいたっているだろうか。
答えは、そうじて否である。

そういうわけで、かねてより国際教養教育に熱心な4校が緊密に連携し、国際社会に羽ばたく人材の育成を通じて、日本の高等教育に貢献したい、となったそうである。

各大学の取り組みは、それぞれの大学のサイトを見ると、よく分かります。ぜひ、一度見てみられることを勧めます。子や孫を国際人にしたければ、こういう大学を勧めるのもいいですね。

ところで、この問題をここでとりあげたのは、実は、私自身、国際教養の重要性をつとに認識し、次のようなことを企てたことがあるのです。
1977年頃のことと覚えています。今から30年以上前です。岐阜県に東海女子短大というのがあり、そこが4年制大学を新設を計画し、文学部英文科を主体とする案を文部省に持って行ったのです。そうしたら、当時文部省の担当官が、岐阜県には、岐阜市に既に岐阜女子大学という文学部英文科をもった大学がある。岐阜市程度の市に二つも同じ様な大学は要らない、計画を練り直して来い、と言われたそうです。その時に、岐阜大学に藤掛というのがいるので、その人に相談したら、と助言されたそうです。当時私は、文部省研究助成課長の手塚先生(後、埼玉大学教授、金沢工業大学教授となられたので、先生と呼びます)と親しかったので、そのあたりから、話が出たのかも知れませんが、確かなことは知りません。

それは、ともかく、そこで、ある日、東海学園の理事長から電話があって、ぜひお話をうかがいたいということになったわけです。
細かい前後の事情は端折りますが、そこで、私が提案したのが、国際教養学部だったのです。必要な学科目から、講義題目、それぞれの必要単位、コマ数まで、かなり詳細に煮詰めた案でした。それを見た、短大学長を務めてみえた理事長夫人が、それを見て、これこそ私が求めていたものだ、といたく感激されました。しかし、その案は、理事長や理事長夫人の願いにも関わらず実現しませんでした。ガンは、学長に予定されていた人物の、無理解と無気力と無能力でした。あの時、あの案が実現していたら、日本初の国際教養部として、脚光を浴びていたでしょうね。今でも思い出すと、ちょっと残念な気がしますね。
それに代わって、「英語コミュニケィション学部」という代案も出しましたが、結局「英米文化学科」というのを作って、国立大学の教養部を定年退職した、英文学や英語学の専門の一版英語担当教員を集めて、実質は英文科と変わらないものを作ってしまいましたね。

国際教養大学のサイトに、「国際教養とは」と題して、教養教育を発展させた「国際教養(International Liberal Arts)」こそが、未来に通じる教学理念であると考えています。
「国際教養」は新しい教学理念です。その目的は、専門性から生じる限界を克服することにあります。急激に変化する社会に対応するには、専門性のみを追及して視野を狭めるのではなく、あらゆる分野にまたがる普遍的な知識を広く深く習得し、状況に応じて適切な判断が下せる多角的な視点を身につける必要があります。

などと書いてあると、何を今更と、私には思えて仕方がありません。

そこで、なぜ、このブログで、この記事を紹介したかといいますと、このブログでは、国際教養を見につけるに役立つテレビ番組を重点的に紹介していきたいと思っているからです。そして、そういう番組は、大学では、教えられてないような国際教養を見につけるのに役立つと思っているからです。また、私の考えている国際教養は、前記4校のカリキュラムには、どうやらかけているもので、それが
なくては、真の国際教養とは言えないとも考えています。だから、そういう番組や映像作品を見ないのは、バカだと、いいたいわけですよ。
まあ、それはおいおいと。

2010年5月6日木曜日

山口智子 美の巡礼

このブログでは、私が日頃よく見るというか録画する番組を順次紹介するよていでしたが、たまたま「待ってました!歌舞伎座クライマックス」シリーズが始まったので、舞台中継の話の方へ脱線してしまいました。舞台中継では、この後、オペラ、バレー、演劇といろいろありますが、それは、一旦さておいて、「こんな良い番組見ないバカ」という番組を紹介していきましょう。
そういう番組も実はシリーズものを紹介する予定でしたが、その前に、2010年4月24日にBSフジで放映された
山口智子 美の巡礼 第一回 『装飾は語る ハンガリー・アール・ヌーヴォーの来た道』 
が、あまりにすばらしかったので、これを紹介することから始めます。
番組HPの記事をそのまま紹介します。
この番組はBSフジ開局10周年記念番組で、女優・山口智子が企画から関わるシリ-ズ・スペシャル企画。
歴史的な文明の交流から生み出された地域文化の魅力とルーツを追い、世界を旅する。
番組第1弾として紹介する地域は、東欧の国ハンガリー。
19世紀末に花開いたこの地独特の美術様式、ハンガリアン・アール・ヌーヴォーに着目し、ハンガリーのガウディと呼ばれる建築家レヒネル・エデンと、ハンガリーを代表する磁器工房ジョルナイなどを取材。建築に用いられたタイルの装飾文様などを手がかりに、東欧に生まれたアール・ヌーヴォーの美の秘密に迫る。
その時ハンガリーの伝統文化、刺繍や民謡などの農村文化から、ハンガリー民族の意外なアジア・ルーツが浮かび上がってくる。
今回は特に、装飾学と古ヨーロッパ文明における世界的な研究家・鶴岡真弓を共演者に迎え、土地それぞれの美術、工芸、建築等に見られる文様や装飾を通して、歴史的な文明の交流が生んだ美の物語をひも解いていく。http://www.bsfuji.tv/okaeri/

ついでながら、この番組のバックに終始流れる東洋的な音楽がすばらしいです。

この番組広報の記者会見で、山口は「心から尊敬している鶴岡先生と、楽しい発見の旅をしたくて、この企画が生まれました」と弾んだ声であいさつすると、鶴岡教授は「大げさでなく、山口さんは美を探求する“クエストの女王”。われわれを代表する人だとリスぺクトしています」と絶賛。http://www.oita-press.co.jp/worldCulture/2010/04/2010041201000031.html

クエストとは、英語の quest、つまり、探求ということ。
この探究心あふれる山口智子は、女優ということになっているが、1995年に唐沢寿明と結婚してからは女優業を徐々に縮小して、下記のような、名づければ、quest 番組を、特に最近は自ら企画・取材している。http://ja.wikipedia.org/wiki/山口智子

山口智子の旅シリーズ 第1弾:ゴッホへの旅〜私は、日本人の眼を持ちたい〜(2005年、BS日テレ)
山口智子の旅シリーズ 第2弾:北斎とドガ〜生きること、仕事をすること〜(2006年、BS日テレ)
史上最大の女帝エカテリーナ 愛のエルミタージュ物語(2006年、日本テレビ)
山口智子の旅シリーズ 第3弾:ロダンの浮世絵〜人間、花の中の花!〜(2007年、BS日テレ)
天才ダ・ヴィンチ 伝説の巨大壁画発見!(2008年、日本テレビ)
メンデルスゾーン生誕200年記念特別番組 「山口智子の時を旅し時を奏でる」!(2009年12月24日、テレビ東京)*企画・取材

この「美の巡礼」は、第一回となっているということは、今後シリーズとして、続くということだろうから、楽しみである。

鶴岡教授が同行したことによって、この「美の巡礼」は、これまでの山口智子単独の「旅シリーズ」とは、一味もふた味も違った、厚みも深さもある、ずっしり手ごたえのあるものになっている。若い女の子のタレントは、キャーキャー言う番組とは、別物です。もっとも、山口さんも時にキャーキャー言ってますが、オクターブが低いので、気になりません。

私は、岐阜県ハンガリー協会の監事で、ハンガリーにも行ったことがあり、ハンガリーについては、かなり知っているつもりでしたが、山口さんが quest したものは、初めて知ったことが多く、感銘を受けました。

ということで、実際に見なければ、良さは分かりませんが、多分再放送があるでしょうから、気をつけていてください。私も気をつけていて、気がついたら、このブログでお知らせします。ただし、放送時に見るのは、バカとは、いいませんが、あまり賢くないですね。録画してCMカットしてからみるべきでしょう。感興が全く違います。

2010年5月3日月曜日

舞台中継ならではの見所あり

他の二つのブログがいそがしてこちらがちょっと止ってしまいました。
本当は、第二回からは、いつも見ているというか、録画している番組について、順次書く予定でしたが、変更して、舞台中継のことを書き出してしまったのは、次のような理由です。

この4月で、東京の歌舞伎座が改築のため、三年間の休止になりました。
それを記念してというか惜しんでか、NHK Hi-vision で、「待ってました!歌舞伎座クライマックス」というシリーズが、4月26日から4夜連続で放送されました。

私の大好きな松本幸四郎、片岡仁左衛門を初めとする、現代の名優が出演した、最近の名舞台が、一日に二つずつ放送されました。
司会は、いつも歌舞伎放送を担当する葛西聖司アナウンサー、ゲストに直木賞作家であり、歌舞伎研究家、脚本家である松井今朝子氏が登場して、二人で歌舞伎について薀蓄が語られた。その時のお二人の話を聞いていて、テレビによる舞台中継の意義を改めて感じたので、予定を変更したわけです。

お二人の話で、まず、びっくりしたのは、NHK歌舞伎初放送が既に昭和28年に行われていたということです。その演目は義経千本桜「吉野山」だったそうです。このときは、舞台デナクテ、スタディオでの演じたのを生中継したそうです。
実際の舞台を中継放送された最初のものは、翌昭和29年で、演目は「蘭平物狂い」、先代尾上松録の当たり芸でした。
この頃は、まだ、ビデオ収録が発達しておらず、全部生中継でした。
世界で始めてオペラの舞台を中継して放送したのは、NHK で、最初は、昭和31年にNHK が招いた第一次イタリアオペラ団の東京宝塚劇場と産経ホールにおける公演でした。昭和34年の第二次イタリアオペラ団も生中継で、最初のビデオ収録で放送されたのは、1961年の第三次イタリアオペラ団の公演で、これは、現在DVDで市販されていて、現在でも見ることが出来る。
この時までは、まだ白黒の時代であった。
アメリカのメトロポリタン歌劇場の舞台中継が始まったのは、1977年であるから、いかにNHK が、世界に先駆けていたかが、分かろうものである。

それで、お二人の話で何が印象的であったかというと、葛西聖司アナウンサーは、その頃のNHK のテレビの放送で、初めて歌舞伎を見て、感激し、NHK に入って歌舞伎の仕事をしたいと思ったということ。また、松井今朝子は、京都で歌舞伎を舞台で見て、歌舞伎ファンになったのだが、その頃の京都では、歌舞伎公演は年に何度もなかったので、中学生の頃から、その頃できた新幹線で日帰りで、東京の歌舞伎座に通っていたということです。しかし、毎月もというわけには行かず、NHK の歌舞伎中継を楽しみにしていたという。そのころは、現在のような大画面でもなく、ハイビジョンでもなかった。それでも、実際の舞台を何度も見ているお二人が、当時のテレビの舞台中継を、やはり、舞台は、ナマでなければ、とは思わずに楽しんでいたわけである。
そして、平成3年からハイビジョン放送が始まると、リアルな画像で、歌舞伎の色の美しさが再現され、時にはナマの舞台以上の生々しい再現も可能になっている。

そして、テレビ中継ならではの、見所として、葛西アナウンサーが、第一日目に放送された「青砥稿花紅彩画~弁天娘女男白浪~」の浜松屋の場面で尾上菊五郎演ずる弁天小僧が、山形屋で前もって買ってきて、山形屋の紋が入っている赤い布を、懐から出して、浜松屋が出してきている商品の中に混ぜる場面がある。そして、今度は、わざと分かるように、その商品を懐にしまうので、万引きと疑われるわけだが、いざ懐から取り上げて見ると、山形屋の紋が入っているという筋書きである。
だから、さっと店の者に分からぬように、懐から出すところと、こんどは、万引きらしく、しまうところが一番のみどころなのだが、それを舞台の演技では、気をつけていないと一瞬で終わってしまう。舞台を何度も見ているはずの葛西アナウンサーが、そこのところがハイヴィジョンでアップで見せられたので、よく分かりました、と終わった後の二人の話の中で言っていたのが印象的だった。

野球などスポーツのテレビ中継は、よく筋書きのないドラマだといわれるように、次に何が起こるが分からないが、舞台の中継は、筋書きが分かっているので、前もって、見所を押さえておいて、そこをアップして、よく見えるようにすることができる。録画しておけば、気に入ったところを何度も繰り返してみることができる。

そんなわけで、舞台を、録画で楽しむのは、実際の舞台とは、また、違ったそれ自体の楽しみ方がある、ということを、まずは、お二人の対談の中にみつけたので、早速取り上げてみたわけです。
これ以外に、私自身の体験や、私の独自の楽しみ方について、また、おいおい語って行きます。

舞台は、やはり、ナマでなければと、折角の舞台のテレビ放送を見ないのは、バカだね、と言いたいのです。